原丈人さん、フルブライト講演会 〜コア技術開発と資本主義は相性が悪い〜

フルブライトが主催した原丈人さんの講演会を聴講してきた。
http://www.fulbright.jp/jusec/koen.html

内容については、私も熟読した次の著作のハイライトを1時間で切り取ったと言う感じだ。


21世紀の国富論

21世紀の国富論

  • 作者: 原丈人
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2007/06/21
  • メディア: 単行本



私が元技術者の立場から自分の経験とも照らし合わせ、原丈人さんのメッセージから、つくづく感じるのは、コア技術の開発と資本主義は両立しないということだ。次のようなことを考えてみよう。

  • インターネット、原子力、GPS,などのコア技術は、国防のための研究から生み出された。資本主義の枠組みから発生したわけではない。
  • トランジスタUNIXなどのコア技術は、公益事業の性格が極めて強い電話会社の研究所から生み出された。資本主義の枠組みから発生したわけではない。
  • 多くの基礎物理学の実績、人工衛星核融合のトカマクなど、多くのコア技術は旧ソ連から生み出されている。資本主義の枠組みから発生したわけではない。

最近のシリコンバレーでは、投資家の影響で、2年目から黒字になるような事業計画を書かないとベンチャーキャピタルは投資してもらえないという。原丈人さんが主張するとおり、コア技術の開発には最低5〜7年の年月が必要だ。いまのシリコンバレーでは、コア技術の開発ができないと氏が主張されるとおりだ。

日本は、米国ほど過激な資本主義の世界ではなかったが、1990年代の不況を経て自信を失い、米国の後を追うようになり、技術開発についても資本主義的な進め方をするようになった。私が数年前まで勤めていた大手電話会社の研究所では、長期的な研究テーマに取り組むのは難しくなり、業界の流行を追うようになった。「日経コミュニケーション」という業界雑誌からタイムリーなキーワードを拾ってきて研究テーマを決めているのではないかと揶揄する人がいたぐらいである。さらには、巨大な研究所組織のあちらこちらで、複数の部門が重複してほとんど同じ研究テーマを設定するようになった。

本当にコア技術の開発に携わり、世の中を変えたいと思っている技術者は、シリコンバレーに行ってはだめだ。シリコンバレーにいって成功できる人の多くは、1のモノを10の価値に見せ、既存のコア技術を利用してお手軽に黒字を達成できるビジネスマンであり、技術者ではない。技術者は、そうしたビジネスマンの家来として、成功したときの、控え目なおこぼれに預かるだけだろう。技術者は、むしろ、中長期的な研究開発が実行可能な、時間軸的に余裕のある経営ができる場所を選ぶべきだ。必ずしも、潤沢過ぎる資金は必要ないかも知れない。ただし、落ち着いて資金を提供してくれるスポンサーが必要なのだ。大学ですら、予算を「ダウンロード」するために、流行のキーワードを冠した研究テーマに縛られているのが現状だろう。日本国として、技術立国を目指すのであれば、少なくとも大学やベンチャー企業に、中長期的な目標に向けて走れる環境を整備するのが政府の役割だ。

原氏は、ほとんど無限とも言える資金を持ち、自分の無垢な理想を誰にも邪魔されずに推進できるスポンサーだ。本講演でもおっしゃられていたが、「成功するのは、成功するまでやるから。誰も社員がいなくなり、自分だけになっても続けるから。」とおっしゃっていたが、自分の保身や出世、生活が気になるような人にはスポンサーは務まらないだろう。原氏は「成金」だ。しかし、信じられない程意識が高く、精神的に練られ、精神面での高みを極めた「成金」なのである。「成金」のなかにこんな日本人がいることは、日本人としては最高の誇りであると思う。