「ひずみ」が新しい

「指向性スピーカー」というものがある。スピーカーの正面にいる、狙った人にだけ音を届ける、魔法のようなスピーカーだ。スピーカーから少しでも角度がずれた人には聞こえない。本来、音は、音源から広い角度に渡って拡散するため、光のように直線的に送信するのは困難だった。これを解決したのが、超音波だ。超音波は周波数が高いため、より直線的に進む性質をもつ。本来、超音波は、人間の耳には聞こえないはずだが、超音波でどのように音を伝えるのか。詳しくは分からないが、超音波をアンプで増幅すると、音波に「ひずみ」が生じ、人間の耳に聞こえやすくなるという。安物のアンプを使うと音がひずむことがあるが、それを逆手に取ったという分けだ。これは「ひずみ」を新たな価値創造に利用した例である。

「ひずみ」から得られる別な価値として、元来、人間は「ひずみ」に愛着を感じる、という点が挙げられる。人間は完璧なものには魅力を感じない、ということが、今、様々な製品に色濃く出ている行き詰まり感に関係しているのではないか、と感じるようになった。完璧であるが故に、無機質で底が浅い感じがする。兼ねてより、どうもIT産業に愛着を感じられない理由は、根本的にはソコにある。既に量産型の工業製品は成熟し、自動車ですらバブルがはじけ、今後は軽しか売れない等と囁かれる。一方で、昔の改造マニアや、最近の「痛車」のように、自分の車をカスタマイズし、ある意味、メーカーが提供する完璧な姿からは遠ざけて楽しんでいる人達がいる。工業製品から、「作り手の魂」が失われてから久しいのかも知れないが、今後は、意図しない微妙な「ひずみ」により個性を与えられたモノが活躍する時代が来るのではないか。

全てが正確無比に作られがちな今日、今後は「ひずみ」が新しい価値を生み出していくような感じがしてならない。その価値とは、スピーカーのような技術的ブレークスルーかも知れないし、工業製品における人間らしさの表現手段かも知れない。いずれにしろ、頑張って「正しく」「正確に」作るばかりでなく、ちょっと視点を変えてみると、何か新しい方向性が見えると思う。